箕山スポーツ医学塾(File №8):内転筋の疼痛

【箕山クリニック:doctor】
 アスリート(とくにサッカー選手)では、外傷、障害に関わらず内転筋群の疼痛が発生します。
当然のことですが、問診や身体所見なども鑑別に欠かせません。「急性発症なのか」「徐々に疼痛を感じるようになってきたのか」「どのように痛むか」「どの動作で痛むか」「どの辺りに痛みを感じるのか」「圧痛があるのか」「圧痛があればどの部位か」
 あくまでも経験知があり、あらゆる疾患が頭に入っていてですが、整形外科疾患は、ほぼ90%が問診のみで診断がつきます。それを身体所見で99%の診断にし、残り1%を埋めて100%の確定診断にしたいときに画像撮影を行います。
 大腿内側の疼痛に関しては、内転筋の疾患以外にも疼痛を出す疾患が多くあり、疼痛の出し方も複雑なので、問診や身体所見だけでは、確定診断が困難な場合があります。まず内転筋由来の疼痛なのか、それ以外の疼痛なのかを判断するために、しっかりと内転筋の所見をとる必要があります。

股関節外転ストレッチ、股関節内転抵抗下運動にて誘発される疼痛の程度を確認します。

 外転ストレッチ痛では、股関節を外旋位(写真中央)にするか内旋位(写真右)にするのかで、内転筋群のどの筋の損傷なのかを鑑別することが可能です。これは薄筋を除いて、他の4つの内転筋群の停止部は、ほぼ同じ線上に位置するので(写真左)、起始部が上枝側(前面)か下枝側(後面)かの違いで、どちらの回旋によって伸張がさらに増加するか変わってきます。恥骨筋であれば内旋位で強く伸張され、大内転筋であれば外旋位で強く伸張されます。

 内転抵抗下運動痛では、簡便に行うため、中間位(写真左)屈曲位(写真中央)開排位(写真左)で抵抗をかけます。起始部の違いから、開排では外旋により大内転筋が最も伸張され、中間位と屈曲位での違いは起始部よりも停止部までの筋長が関与してきます。疼痛の程度は、①恥骨筋では中間位>屈曲位 ②長・短内転筋では屈曲位>中間位 ③大内転筋は殆どの場合開排位でしか誘発されない。
 これらのテストを実施しても、どの内転筋が疼痛を出しているか分からない場合は、内転筋以外の疾患による大腿内側痛と考えます。
≪大腿内側に疼痛を出す可能性がある疾患≫
①内転筋肉離れ ②内転筋enthesopathy(腱付着部症) & 恥骨結合炎 ③恥骨疲労骨折 ④閉鎖筋肉離れ ⑤大腿骨疲労骨折 ⑥閉鎖神経絞扼  ⑦Hunter管症候群 他

写真は、右大腿骨骨幹部疲労骨折で、その腫脹が内側に波及し、大腿内側痛を訴えた症例です。
ストレッチ痛はあったが、抵抗下痛はなかった。骨に達するほど強く押し込むと圧痛があり、HOP test(+)、Fulcrum test(+)にてMRI撮影し、確定診断に至った。

どの内転筋の損傷なのかが判断できると、復帰時期の目安を設定することができます。

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急性外傷(肉離れ)であれば、長内転筋か大内転筋以外の内転筋群の急性外傷発生率は低いので、長内転筋、大内転筋と判断します。恥骨筋の急性外傷もみられることもあります。恥骨筋の場合は、受傷後に自覚症状がなくても、恥骨結合炎やenthesopathy、stiffnessを伴っており、そこへ伸張負荷が加わることによって自覚痛を感じ始めることがあります。このような症状は、長内転筋の近位や、薄筋の近位においてもみられます。これらの症状では、groin painが難治性であるように、完全復帰に約2ヶ月要する場合があります。
 長内転筋の筋腹や遠位、大内転筋は、その他の筋損傷同様で、完全復帰は約1~2週間で可能です。
外転ストレッチや内転抵抗下運動にて、鑑別すると前述しましたが、近位での受傷の場合では、鑑別が困難で、各筋の起始部の圧痛で確認するほうが判断しやすいと思います。

【投稿コメント:M’s AT project Athletic Trainer】
Pectineus(恥骨筋)のstrainは見たことが無いのですが、臨床ではそれなりの発生率があるものなのでしょうか?
【箕山クリニック:doctor】
Pectineus(恥骨筋)のacute injury(急性外傷)は稀です。adductor longus(長内転筋)が最も発生頻度が高いです。

【投稿コメント:M’s AT project Athletic Trainer】
Adductor magnus(大内転筋)について、内転以外の要素については論議のある部分だと思いますが、内転に伸展を加えて抵抗をかけた場合に疼痛が誘発されやすいのでは?という印象もあるのですがいかがでしょうか。
【箕山クリニック:doctor】
内側広筋のほうに抵抗がかかってしまい、大内転筋の疼痛は誘発されにくいのではないでしょうか。横幅がある筋なので、外転・外旋された伸張状態でないと疼痛誘発されにくい印象があります。
【投稿コメント:M’s AT project Athletic Trainer】
上記については側臥位もしくは伏臥位で実施すればvastus medialis(内側広筋)の問題はあまり気にならないように思います。Magnusの疼痛(strainではないと思われるものですが)と考えていたものは、他のAdductorとの鑑別というよりはMedial Ham.(内側はムストリング)との鑑別を考えていました。MRIでMagnusのstrainを確認した症例を扱ったことは無いので、疼痛を訴える場所がどの辺りのことが多いか教えていただければと思います。
【箕山クリニック:doctor】
Magnusのorigin(起始)から考えるとMedial Ham.との鑑別が気になるとは思いますが、やはりMagnusは大腿内側へ疼痛を出しますし、Ham.の場合は外転ストレッチよりやはりSLRで明らかに疼痛が誘発されるということで鑑別可能かと思います。また、Magnusに関しては、originが広範囲にてenthesopathy(腱付着部症)を起こしにくいです。

【投稿コメント:M’s AT project Athletic Trainer】
自分がJリーグで見てきたAdductorの筋損傷はadductor longusの近位部が最も多かったと思います。損傷の程度にもよると思いますが、3週の復帰が基本でした。大抵の疼痛はもっと早く取れるのですが、ある特定の動きが平均18日までとれないという決まったパターンを示していました。薄筋ではないかと思われたものはもしかしてAdductor magnusだったのかもしれませんが、5日~1週だったと記憶しています。昨年野球の投手が蹴り出し脚のadductor longusの筋損傷をしましたが(サッカー選手の損傷より明らかに重度)、これはやはり長くかかりました。
【箕山クリニック:doctor】
内転筋損傷の多い競技についていると沢山の症例を経験できますね。貴重な情報ありがとうございます。いわゆるgroin painを起こすadductor longus近位の腱の変性によるfiber増生は、elastisityの減少となり損傷しやすくなります。JISSの奥脇先生が報告されているように筋腱移行部の損傷は復帰に時間がかかるのでしょう。