「シムケン路線まっしぐら・・・」 2006/05/13
ステレオタイプっていう言葉をご存知でしょうか。日本ではあまり聞くことのない言葉だと思いますが、海外ではよく「型にはまった」考えをもった人やその考え方に対してステレオタイプという言葉を使用します。例えば、「日本人は眼鏡をかけている」とか「イギリスの食事はまずい」、「アメリカ人は太っている」等、必ずしも間違っていなくてもすべてがそうじゃないのに、そういった先入観で物事や人物を決め付ける。これがステレオタイプ。自分は出来るだけステレオタイプにならないように気をつけているが、やはり今までの経験のなかで形成されてしまった自分のステレオタイプがないことはない。それほど多くの人間、人種に接してきたわけではないが、「日本人にはアイデンティティーのある人間が少ない」、「海外の人間、とくにヨーロッパ大陸系の人間は、非常にアイデンティティーが高い」というのが、自分のステレオタイプである。正確に表現すれば、アイデンティティーを持った日本人はいるが、自分と同じ匂いのする人間がいないというか未だ会えていないのか、日本人と話していて心の底から楽しいと感じたことは5本の指で十分に足りる。まあ、自分と同じように変わった人間は、そういなくて当たり前だろうが(笑)、なぜかヨーロッパ(イギリスを除いた大陸系)の人間には変わった奴が多く、話しも合うし話していて楽しいし刺激を受けることが多い。
その違いは何か、自分なりに広い視野で分析してみると、育った国、環境における文化の影響が大きいのかと思う。ドイツの社会学者マックス・ウェバーの名著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を基に考えると、アメリカやイギリスに代表されるカルバン派の倫理が形成したと考えられる現代的資本主義と、今ではグローバル化によってそういったWASP(White Anglo-Saxon Protestant)に影響された資本主義になってしまったが、80年代半ばまではブレない芯のしっかりした文化を大事にしてきたヨーロッパ型資本主義の違いであるような気がする。ちょっと難しくなってしまったが(ん?かなり難しい?)、メルセデス・ベンツやルイ・ヴィトンを思い浮かべてみてもらえるといいでしょう。今ではチャラい売れ筋の商品を出すようになってしまったが、基本的なブランド理念や商品を作り上げる情熱を変えることなく長期的な考えを持ち、そしてその商品を作り上げる職人の専門性や意見を尊重し、さらに顧客を大事にする。これが、ヨーロッパを代表するブランドのアイデンティティーである。一方で、ドライな人間関係、マーケティング重視、短期的な利益を追求するのが、アメリカ・イギリス型(WASP)である。自分の場合、どちらのタイプかというと明らかにヨーロッパ派なわけである。日本は、基本的に無宗教であるためアメリカ的文化もヨーロッパ的文化も両方取り入れ、独自のものを創り上げてきた。日本の斬新なファッションなどが、ヨーロッパなどで最近注目されているのは、その独自性の面白さがあるからだ。しかしながら、しっかりした技術とものづくり精神はあるものの、結局は戦後追いつけ追い越せの根性で出来上がった日本の資本主義は芯がしっかりしているわけではなく、文化があるわけでもないのである。残念ではあるが、アメリカかぶれした現代的資本主義にすぎないのだ。旧ライブドアや村上ファンドがその典型例であろう。ちょっと話しはズレるが、経済の影響をまともにくらうスポーツにおいても、日本でスポーツ文化が根付かないのは、やはり日本のスポーツの捉え方に芯が全くないからである。子供の成長に家庭の環境が影響するのと同じく、各国の人間もそれぞれの国の文化の影響を受ける。経済大国に成ることだけが目標で、何の国家戦略ももたずに突き進んでそれを達成してしまった日本国は、次の目標が見当たらずに戦後60年で失った愛国心やあるべき教育を取り戻そうと国会で騒ぐが、時すでに遅し。高度成長期世代の親に育てられた我々世代の人間は、とくに人生目標もなければ、今さえ良ければいいとお金を得ることだけを考える。そういう人間を批判しているのではなく、この国のあり方や根幹の教育がダメなのである。だから、日本人と話しをしていても、これといった刺激を受けたりしたことがあまり無い。今までで唯一、日本人からかなりの刺激というか衝撃を受けた人間は、うちの三栖というトレーナーだろうか。採用にあたり面接したときは、なんだこの人間はと驚かされた変な奴だ。それは、彼が思春期に、ブラジルでサッカー選手として黒か白しかないプロ世界で成長し、また貧困な国の人間と接しながら育ってきたからで、ある意味、彼は日本人でないからだ(笑)。
様々な文化が根付いていて、国家のあり方をきちんと持った国で育った人間や、逆に平和や自由の無い国で育ち、どうしたらこの国が良くなるのかと考えて育った人間と話しをするとき、相手の考えに感銘し自分に何かを発見することができ、とても刺激がある。日本人とは、こういった楽しく話せる人はこれからもそうはいないだろうと思っていたが、先日、食事をともにしていろいろな話をした人達がこの自分のステレオタイプを壊してくれた。なぜなら自分を含めその場の全員が志村けんだったからである。志村けん? 言わずと知れたお笑い界の重鎮、シムケンこと志村けん。彼のかっこよさは何かというと、いろんな仕事の誘いがあっただろうにお笑いにこだわり続け、お笑いに対する姿勢がブレることなく、いつまでも「バカ殿」と「変なおじさん」というキャラを演じていることである。彼は、コントのセット、小道具一つ一つにもこだわるし、収録を観に来た後ろのお客さんに音は聞こえているのかと細かい気配りも欠かさないという。視聴率が下がろうが、番組が減って死亡説が出たことがあろうが、いつもお笑いに真剣勝負で一度もブレたことがないのだ。つまり、ヨーロッパ型の人間なのである。食事をしながらいろいろ話すことのできた皆が、そういったヨーロッパ型、シムケン型の人間であった。すでにシムケンである者、これからシムケンになろうとしている者、シムケン路線から外れそうになりながらもやっぱり根はシムケンである者、これらが集まってあーだこーだと言い合うわけだから、さぞかし私達のテーブルは喧嘩でもしているかのようにうるさかったことだろう。でも、それによって自分を再確認したり、また新しい自分を見つけたり、もしくは自分が相手のためになったり、お互いに刺激を受けることができ、とても楽しい時間になった(おそらく自分だけでなく、みんな!?)。おかげで、この日は改めてこれからもシムケンでいようと力強く思えたのだ。ただ、いつまでも結婚しないようなところまでシムケンになりたくないが・・・(笑)。

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