「信念はどこに」 2005/07/05
今の内閣は、明らかに右寄りな大臣が多い。生意気なことを言ってくる中国に対して、一歩も引かない。それなりのことは行ってきているが、今一パッとしない小泉内閣もこの辺は気持ちがいい。というよりも、いかに過去の外交が国家としてのプライドも何もない甘チャンであったかということかもしれない。
戦争責任をアメリカのうまい手口でうやむやにさせられ、それを韓国や中国といった周辺国に見事に外交カードとして利用されてきた。戦後60年経った今でもこのような状況をみると、アメリカはなんとしたたかな国なのだろうと思う。そのアメリカは、イラクでもうまくいくと思ってしまったのか、日本と同じようなことを行ったが、当時の日本の天皇のようにフセインにカリスマ性があったわけでもなく、また多民族で宗教性の強い国において同じことが通用するわけが無く、その面ではやはりアメリカはバカだと思わざるを得ない。さて、そんなおバカなアメリカに良い子ぶったふりをしておき、その影で一気に経済を発展させアメリカに次ぐ経済大国になった日本も、ある意味ではしたたかであり、さすが優れたものづくり技術を持つ国だけのことはある。しかし、そこに先々のビジョンや戦略、ましてや国家としての威厳はなかったに等しく、目先のことに必死でお金持ちになったに過ぎず、いくら湾岸戦争で支援金を出そうが、また多額の国連補助金やODAを出そうが、他国からはなめられっぱなしなのだ。冷戦が終わり、アメリカに媚びへつらうふりをしておけばよかった時代はとっくに過ぎ、民主主義VSイデオロギーの時代から世界が宗教対立や見えないテロとの戦いの時代となるなか、無宗教といえる日本が世界の中で仲介役としての大役を得ることできる可能性がある今、なめられる国から信念をもった毅然とした態度の取れる国へと変わるべきなのである。
ならば、ここは経済摩擦が起きようがなんだろうが、国家としての当たり前のこととして、頑固一徹靖国神社参拝は続ければいいのである。親中派の議員の発言を聞いていると、こいつらは何を信念に国家のために働いているのかと不思議に思う。へらへらしながら、経済発展のために・・・という時代はとっくに過ぎており、ただ単に彼らは時代遅れか、中国人の女性関係で弱みでも握られているに違いないと思わざるを得ない。同様に、自国に対して悲観的であったり、また批判的であったほうが、売れゆきや視聴率など数値を稼げる馬鹿マスコミも数値だけが目標であり、何の信念を持って報道しているのやらと思う。あなた達はどこの国を応援しているのですかと。だいたい、A級戦犯が祀られていることを問題にするだけでなく、政教分離のことまで問題にしているマスコミなどは、正月に首相が伊勢神宮にお参りすることも政教分離の原則からすれば問題なのに、立派に正月にお参りしているのを報道しているぐらいトンチンカンな大馬鹿なのだ。さらに残念なのは、経済人としてだけでなく、政治的にも意味を持つぐらいの人物である奥田碩経団連会長(トヨタ会長)までもが、中国との経済のためにも首相には靖国参拝をひかえてもらいたいとの発言をしたことである。ここまでの人でも、信念は世界における日本国としてのことよりも所詮経済という数値にあり、相変わらずこのまま日本は金持ち国としてへらへらしていけばいいと考えているのかと思うと残念に感じる。それをうらづけるように、アメリカでトヨタ車の販売台数が好調に伸びているためGMに気兼ねして、アメリカでトヨタ車が売れにくくなるようにアメリカでの車両価格を値上げするというのだから、自社の製品や日本の技術を誇りに思うプライドも無いのである。
最近、患者さんが当院のクリニックでの診療を非常に喜んでくださったり、口コミやホームページを見てということで来院してくださる方が多いのをみると、自分の信念は間違っていなかったと思うのだが、一生懸命に真面目なことを行っていても医療というのはなかなか数値がついてこないなと、ついつい信念が揺らぎそうになる。そして、職員が一生懸命に患者さんのためにリハビリを行ってもこれだけしか診療報酬は無いのかと思うと、この国の医療のおかしさをまざまざと感じる。今までろくな診察・診断・治療・リハビリも行ってもないくせにバンバン医療費の請求をして稼いでいたバカ医者のせいで、医療費が削減されているというのに、自らの責任はそっちのけで削減反対という。削減されるために、医療の質を落とさざるを得なくなる。この悪循環で医療が成り立っているのかと思うと、国とバカ医者どもは本当に患者さんのために医療を考えているのか信念を疑いたくなる。

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