「第5回スポーツ外傷講義 : 肩関節脱臼」 2005/02/25
はじめに
スポーツでの肩関節脱臼はコンタクトスポーツにおいて多くみられます。筋肉がしっかりしている若年スポーツ選手でも肩関節脱臼が起きるということは、余程の外力が加わり関節周囲の制御組織をかなり損傷するのか、初回脱臼の年齢が若いほど再脱臼率が高いというデータが出ています。何度も脱臼や亜脱臼を繰り返す反復性となることも少なくなく、反復性となってしまった場合には手術的治療に至ってしまうことが多いいため、初回受傷時に適切なスポーツドクターの指示通りに治療を行ってほしいと思います。

前方or後方?
肩関節脱臼の98%は前方への脱臼

肩がどのような位置だと脱臼は起きる?
肩関節が、外旋(手のひらが外側に向いた状態)、外転(横に上げていく状態)の位置にあるときには、上腕骨(腕の骨)の頭(肩甲骨とともに肩関節を形成している部分)が前方に移動しようとしている状態で、前方にはかなりの緊張が加わっています。この状態で外力が加わると、前方に脱臼してしまいます。

整復方法
ヒポクラテス法やコヘル法など様々な方法がありますが、最も肩の組織を痛めずまた選手に苦痛を与えずに整復する方法を伝授いたします。
ゼロポジションという言葉をご存知でしょうか?肩甲骨と上腕骨のラインが最も一致したポジションで、この位置では肩関節を安定させている大事な筋肉群である「腱板」が前方から後方まですべて均等に作動し、腱板の機能である上腕骨頭を肩甲骨に引き寄せる力が最適に働いています。肩甲骨は身体の真横のラインより30度前方に傾いて胸郭に付いていますので、腕を真横から前方30度(スカプラプレーンといいます)で約150度外転させた肩の位置がゼロポジションになります。さて、整復方法ですが、脱臼を起こした選手を仰向けに寝させとにかく完全にリラックスさせた状態で肩に力が入らないようにします。この状態でしっかりと脱臼したほうの腕を保持し、リラックスを継続させながらゆっくりとゼロポジションまで持っていくと、腱板の上腕骨頭を引き寄せる機能で自然に脱臼は整復されます。この方法では、無理な外力を加えずに整復することができるので、他の組織を傷めたり選手に苦痛を与えることもありません。
また、長時間整復されずにいると、腋窩(えきか)神経といって脇の部分を通過する神経を圧迫し麻痺をきたすことがあるので注意してください。

固定法と固定期間
前述のように、初回脱臼の年齢が若いほど再脱臼率は高く、初回脱臼時の年齢が20歳以下では90%以上が再脱臼を起こすと言われています。そのためにも、初回時にはきちんとした固定が必要です。
固定位ですが、脱臼にて損傷されている前方の組織に緊張を加えないよう内旋位(手のひら側を外に向けずに身体側へ閉じた位置)を保つために、肘を90度に曲げて腕を吊った状態で身体にくっつけた体幹固定の状態が一般的です。
固定期間には3週から6週と文献によってばらつきはありますが、6週固定にて再脱臼率は減少したとの報告があり、若年者ではきちんと6週固定するのが望ましいでしょう。
固定位に関しての新しい報告では、内旋位固定では3週でも6週でも再脱臼率が変わらなかったと述べている者もいます。その著者によると一般的になっている内旋位では、実は前方組織が脱臼後の出血などで適切な緊張が加わらず、外旋位のほうが前方の組織に適度の緊張が加わるので、外旋位のほうが脱臼後の固定位として良いと報告しています。実際に外旋位で固定したことによって再脱臼率が減少したと述べています。
この固定位は、内旋の体幹固定と同様に肘を90度に曲げて腕を吊った状態で、内旋とは逆に手のひらを外側に向けた状態で、身体より手が離れる外側の位置での固定となります。したがって、この位置での固定は日常生活上不便であり、臨床結果で証明されてはいるもののなかなか普及しないのではないかと思われます。

固定後のリハビリ
固定によって、前方の組織修復を行うだけでなく、再脱臼を防ぐには上腕骨頭を肩甲骨側に引き寄せる腱板の機能回復がとても重要になってきます。これと同時に肩甲骨の動きや安定性も回復させ、肩甲―上腕の協調運動をきちんと作って行かなければなりません。組織の損傷が軽度であっても、この機能回復がきちんと行えないと反復性になりかねないため、スポーツ外傷のリハビリに通達した理学療法士のいる病院やスポーツクリニックでのリハビリをお勧めいたします。

戻る